村岡桃佳の生い立ちは父親と二人三脚にあり!娘の障害への理解に感動

村岡桃佳の生い立ちから高校まで、父が娘の障害と向き合う感動エピソード

村岡桃佳選手は、平昌パラリンピックでは、日本人選手史上最年少の金メダル。

そして、北京パラリンピックで二日連続金メダルの偉業を達成しました。

若干25歳にしての快挙、経歴を確認していると父親とのエピソードに感銘を受けたので是非みなさまに知って頂意図思っています。

今回の記事で分かること。

  • 村岡桃佳と父親の感動エピソード
  • 村岡桃佳の出身高校や大学のエピソード
  • 村岡桃佳が障害を背負った生い立ち

それでは、どうぞ。

目次

村岡桃佳プロフィール

画像引用元:インスタ

  • 名前 村岡桃佳の
  • 出身地 埼玉県深谷市
  • 生年月日 1997年3月3日
  • 血液型 AB型
  • ジャンル パラアルペンスキー/パラ陸上競技短距離
  • 所属 トヨタ自動車

家族構成は父親・母親・4人兄弟の6人です。

村岡桃佳さんは4人兄弟の3番目だそう。

突然のこと、障害を背負ってしまった生い立ち

画像引用元:https://www.sports-biz.co.jp/

村岡桃佳さんの障害は、原因不明の横断脊髄炎(せきずいえん)です。

4歳のある夏の日のこと、村岡桃佳さんがスーパーへ買い物に行く途中に、突然歩けなくなってしまったのです。

歩けなくなった原因は、原因不明の脊髄炎でした。

その影響で、村岡桃佳さんは下半身まひとなり、車いすでの生活となりました。

それ以降、車いすで日常生活を送っていましたが、学校で友達と遊ぶ際に「同じことが一緒にできない」というもどかしさがあふれ出るようになったようです。

とても辛かったでしょう、私自身も障害者なので、本当にこの気持ちは理解できます。

村岡桃佳と父親の感動エピソード

画像引用元:Twitter

上記ツィートの涙の理由は父親の娘に対する向き合い方にありました。

村岡桃佳さんの父親の名前は”村岡秀樹さん”です。

障害を背負った村岡桃佳さんを理解したいと父・秀樹さんは、自身が車いすを使用したスポーツを始めました

パラテニスやバスケ、ハードなパラホッケーなど様々な種目を経験し、そしてパラマラソンでは父娘そろって表彰台に上がっています。

その成果として、現在村岡さんはアルペンスキーと陸上の夏冬パラリンピックの”二刀流”として大活躍しています。

村岡桃佳さんが小学3年生の時に、陸上仲間に誘われスキーを始めたようです。

とはいえ、チェアスキーヤーとして最初は、指導者やコーチもいない状況だったといいます。

村岡桃佳さんが中学2年生の時に本格的にアルペンスキーを始めましたが、父親は指導経験がなく、スキーは趣味程度の経験で非常に苦労したとか。

父親は娘と二人三脚で練習に励んでいたようですね。
参考:パラサポWEB

本当にすごい父親ですね、他人のお父さんですが尊敬します。

村岡桃佳の出身高校は正智深谷高等学校

画像引用元:googleストリートビュー

正智深谷高等学校は1952年に創立、当初は女子教育の為の教育機関だったようです。

現在では部活動に力をいれており、全国大会で優勝経験のあるラグビー部やサッカー部が有名でしょう。

プロサッカー選手として、現在フランスのチームに所属しているオナイウ阿道選手は、村岡桃佳の1つ上の先輩なんだそう。

画像引用元:インスタ

村岡桃佳の出身高校は、正智深谷高等学校です。

小学校3年時にチェアスキーと出会い、中学2年時に競技スキーの世界へ入った村岡桃佳選手。

2012年に埼玉県深谷市立川本中学校を卒業し、正智深谷高校に入学しました。

実は、早稲田大学本庄高等学院進学希望していたようなのですが、バリアフリー化出来ておらず進学は叶わなかったとか。

父親からの指導から部活動へ本格的にチェンジし、更にアルペンスキーに励んだようです。

学業に励むため授業にでて終わると練習へ直行し深夜まで練習に打ち込んでいたそうです。

その為、学業の成績は学年1位だったとか。

画像引用元:Yahoo!ニュース(北京パラリンピック)

村岡桃佳選手が頭角を現したのは、17歳で日本代表に初選出。

ソチパラリンピックに出場し、大回転で5位入賞しています。

村岡桃佳は早稲田大学スポーツ科学部出身

画像引用元:https://www.waseda.jp/fsps/sps/access/

早稲田大学スポーツ科学部は、2003年に人間科学部スポーツ科学科から独立する形で創設されました。

水泳ではオリンピックメダリストも複数人輩出しています。

画像引用元:Twitter

村岡桃佳の出身は、早稲田大学スポーツ科学部です。

2015年村岡桃佳選手は、パラスポーツ選手として、初めて”トップアスリート入試”に合格しています。

高校受験前から希望していた念願の早稲田大学に見事入ることができたようです。

早稲田大学スキー部に所属、寮生活をしていたという。

当時の監督である倉田さんから、完全入寮制であるスキー部寮のバリアフリー化が進んでいない為、入部は難しいとの旨を伝えられています。

しかしながら、村岡選手の熱意に打たれ、倉田さんは大学に寮のバリアフリー化を打診。

引用:スッキリ!2018年3月15日放送分)

村岡桃佳さんの母親、村岡操さんと言います。

母親は学生寮に入ることが決まった時に、事前見学に訪れたようです。

そこで母・操さんは村岡桃佳の日常生活を良く知るからこそ持てる着眼点で、当時バリアフリー工事中だった学生寮について監督と意見を交わします。

ちなみに、寮のバリアフリー化への改装費用は600万円掛かったそうです。

村岡桃佳が早稲田大学へ入学が叶ったのは、監督と母親の誠意ある行動でしょう。

早稲田大学卒業後は、早稲田大学院に進学。

その後、現在所属しているトヨタ自動車に入社しています。

まとめ

画像引用元:Twitter

今回の記事では、村岡桃佳選手の父親の感動エピソードを中心に、以下のお話を紹介しました。

  • 村岡桃佳と父親の感動エピソード
  • 村岡桃佳の出身高校や大学のエピソード
  • 村岡桃佳が障害を背負った生い立ち

現在も北京パラリンピック金メダル量産と偉業達成中ですが、こんなエピソードを知ったからには今後も応援したいですね。

以上、ご一読ありがとうございました。

村岡桃佳の生い立ちから高校まで、父が娘の障害と向き合う感動エピソード

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