茨城アストロプラネッツ所属の松田康甫がドジャースのマイナーと契約したことを発表した。
ドジャースと言えば、野茂英雄が日本人で初めてメジャーデビューしたあのチームである。
誰もが驚いた発表だったが、松田康甫自身も「ドジャースの話を最初に聞いた時も、入団が決まった今も、まだ実感がありません」と語っている。
「世界一の野球選手」になりたいと小さい時から言っている、松田康甫の大学や高校はどこなのか?その時の成績や経歴が気になりませんか。
この記事で分かること。
- 松田康甫の大学や高校はどこか?
- 大学や高校時代の実績や成績は?
- 松田康甫のWiki風プロフィール
それでは見てきましょう!
松田康甫の出身は『拓殖大学』

画像引用元:https://up-j.shigaku.go.jp/
拓殖大学の創立は1922年、箱根駅伝も常連ですよね。
拓殖とは”未開の土地を開拓し、そこに移り住むこと”の意であるそう。
偏差値は学部によるが、『42.5~50』となっている。
所ジョージや綾小路きみまろが拓殖大学出身であり、バスケットボールの選手が多い印象だ。
そんな大学での、松田康甫の成績はどうだったのか?
ドジャースのマイナー入りをすると聞いた後、初めて大学時代の成績を知ったときは、正直衝撃を受けた。
なんと4年間で公式試合に出場したのは”1試合のみ”だ。
しかも、4年生時に出場した試合の成績は、13球1ストライクのみで3者連続四球という記録となっていた。
大きな理由としては、松田康甫は、大学1年生の冬に『右肩の内視鏡手術』を受けている。
それでも、ほぼ毎日ブルペンに入り60級程度投げ込みをしていたようだ。
松田康甫の出身大学は”拓殖大学”で公式出場は1試合のみ。
松田康甫は『金沢高等学校』出身

画像引用元:Wikipedia
金沢高校は、1928年に創立しており”日々変化する社会に、必要な「チカラ」を育みます”という教育方針を持っている。
名称が良く似ている、横浜市立金沢高等学校ではないので注意。
石川県にある金沢高等学校は甲子園にも何度か出場経験がある。
当然、松田康甫の高校成績は甲子園だろう。
だが、松田康甫の在籍時には甲子園出場を果たしていない。
松田康甫は、高校二年生の時に北信越大会で初のベンチ入りをし、高校3年生の時に”県ベスト8”まで進んだ。
松田康甫は石川県で生まれ育ち、笠間中学 卒業後に金沢高等学校へ入学した。
高校時代は、明るく元気でクラスの人気者だったそう。
高校時代の恩師(監督)から、以下のメッセージがあった。
「ビックリしたというのが、正直なところですが、まぁ高校時代から世界一のピッチャーになりたいとかメジャーリーグに行きたいというのは、言ってましたので」
松田康甫の高校は金沢高等学校で最高成績は県ベスト8だ。
松田康甫のWiki風プロフィール

画像引用元:https://www.nikkansports.com/
最後に、松田康甫のプロフィールを紹介しておこう。
<松田康甫の基本情報>
- 名前 松田康甫(まつだ こうすけ)
- 生年月日 1998年10月18日
- 血液型 O型
- 身長 193cm
- 体重 95kg
- 最高球速 155キロ(投手右腕)
- 野球開始 小学2年生
- 球種 フォーク スライダー カーブ シンカー カットボール
高校や大学での成績からはドジャースへのスカウトは考えられないが、身長193cmからくる最高球速155キロのストレートという素材は確かに目を引くものがある。
現在、茨城アストロプラネッツに所属している”松田康甫(まつだ こうすけ)”に声がかかったのは2021年6月のことだ。
「この人、何を言ってるのかな?」
茨城球団の色川冬馬GMから電話で、「ドジャースが興味を持っている」と伝えられた時に思い浮かんだ言葉だそう。
ドジャースとは、野茂英雄が日本人で初めてメジャーデビューしたあのチームである。
「ドジャースの話を最初に聞いた時も、入団が決まった今も、まだ実感がありません」と松田康甫はインタビューで語っている。
松田康甫の出身大学・高校とその経歴や成績を紹介してきた。
何となくわかっていただけただろうか。
2023年のドジャースマイナーデビューへ向けてこれからの励みを応援していこうではないか。